関西I(愛)ターン人間の備忘録

2017年12月中小企業診断士登録。現在は会社員としてネットショップ支援業務に従事。 横浜に生まれながら関西にルーツを持つ筆者が、地域の事業者と市民を元気にする情報を発信します。 現在は、東京都墨田区に在住。月一度、関西とを往復する日々を過ごしています。

2017年07月

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巷の学校では夏休みに入っているようです。夏休みの宿題といえば計算ドリルや漢字ドリルを思い出し、楽しいはずの夏休みに苦い経験が加わります。しかし、最近の子どもたちにはこれらを楽しみにできるドリルがあるようです。そう、発売わずか3ヵ月で260万部も売れた「うんこ漢字ドリル」です。(もっともこれが宿題として採用されているかは知りませんが。)

このドリルのアイデアを考えた「文響社」社長、山本周嗣さんは「勉強がつまらないというネガティブなイメージを変えたかった」との思いから、2年の歳月をかけて例文を厳選、試作品の製作を何度も繰り返して完成させたとのこと。これには、自身が子どものころに、「勉強はやらされるもの」という気持ちで親に言われるまま勉強を続けたものの徐々に身が入らなくなってしまったという苦い経験があるようです。

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憲法26条第2項は、保護者は自らの子女に教育を受けさせる義務があると規定しています。どのような教育を受けさせるかは、保護者に自由があるというのが通説ですが、「生来的には発達可能態たる子どもの方に学習を受ける権利(学習権)がある」「子どもには、その学習要求を充足するための教育を自己に施すことを大人一般に対して要求する権利を有する」という判例があり、教育を受ける権利は子どもが持つものであるとされています。

すなわち、憲法26条は教育の機会均等を国が保障するという側面のみならず、国民すべてが人間の生来的な成長発達の権利、すなわち学習権を持っているということも示しているとされています。

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子どもの学習する権利を奪わないためにも、子どもの学習意欲を見つけ出し、それを引出して適切な教材を与えるということも国や我々大人の責務であるということのようです。

日本国憲法
第26条 すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
 第2項 すべての国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。

日本経済新聞 7月30日(日)付 朝刊より
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG20H66_W7A720C1SHB000/ 

001

先日、約9年半務めた京都のお客様の任務が終了し、最後の日になんとお客様から京都伏見のお酒をいただいてしまいました。ビールやウイスキーもいいけどやはり日本人として日本酒の味も忘れるわけにいきません。大事に味わっていただこうと思います。

日本酒の歴史は古く、江戸時代より前から酒を作りつづけているという酒蔵も数多く存在しています。神戸・灘の酒蔵である剣菱もその一つで、500年以上もの歴史を持ち、製造方法も昔ながらの木製の桶や樽を使用しているのだそうです。同社ではこのほどこれらの製造も自前で行うとして12月に5億円を投資して製造拠点を立てるのだそうです。

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総務省の家計調査によると二人以上の世帯の1か月平均酒類の消費は2000年の3,660円から2016年の3,120円と減少傾向にあり、なおかつ若者の日本酒離れも指摘されています。こうした中、他の酒蔵では地ビールの生産や日本酒の成分を使った化粧品の製造に乗り出すところも出てきています。

このような環境の中で、5億円もの投資をして古くからの日本酒製造の道具まで製造するのは一見、リスクが高いことのように思えます。しかし、剣菱の経営理念からするとこれは合理的な決断のようです。

剣菱には「止まった時計でいろ」という家訓が存在し、流行を追いかけることに強い戒めを示しています。自信を持つ味をしっかり守り続けることでお客様の好みは必ず戻ってくるという教えだそうです。確かに、たとえば海外に目を向ければ近年日本酒の輸出金額は伸び続けており、同社も味は守りつつも海外展開には積極的に取り組んでおり買ってくれるお客様へのアプローチは怠らないようです。

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よく聞かれる投資のポートフォリオ理論よりも500年もの歴史の中で培ってきた家訓には重みがあります。自らのアイデンティティを保つためにも理論より理念を大事するべき場面もあるということのようです。

日本経済新聞近畿版 7月29日(土)付 朝刊より
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO19414350Y7A720C1LKA000/ 

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最近は、電気自動車(EV)向けの充電スポットを街中でよく見かけるようになってきました。それだけEVが普及してきているということなのかと思います。EVは排気ガスを発生させないためZEV(ゼロ・エミッション・ヴィヒクル)などとよばれ、環境の観点からは歓迎すべきことかと思われます。

フランスやイギリスでは2040年にガソリンなどの化石燃料で走るエンジン車の販売を禁じる方針を発表。これによりEVへの移行が一気に進むと考えられ、リチウム電池関連産業など日本国内でもEV関連事業者の株価が上昇しているようです。リチウム電池の市場において日本の技術力は優位性があるといわれ、こうした産業の発展が期待されます。

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一方で、エンジン車をベースとしてきた既存の自動車産業は厳しい環境にさらされるのではないかと思われます。と、いうのは電気自動車というのは、エンジン車が部品同士の調整が腕の見せ所である「すりあわせ型」の産業であったのに比べ、部品の代替えが効きやすい「組み合わせ型」の産業であるといわれているためです。

従来の自動車産業は、自動車メーカーを頂点に系列を中心としたサプライヤーを従えるピラミッド型の産業構造をとってきました。しかし、代替が効くようになってしまうと特に技術的な優位性の乏しい下請け事業者は淘汰されてしまう運命にさらされます。

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こうした下請け事業者は、下請け脱却を図る必要に迫られるわけですが、この点について日経ビジネスの牧野直哉氏の記事では、3「何」(「何かありませんか。」「何でもやります。」「何かあったらお願いします。」)の営業体質から脱却するべきと説いています。

自らの強みを徹底的に分析し認識したうえで自ら売り込んでいく。この考え方は自動車産業に関わらず変化のスピードの速い今の時代を生きるすべての人に必要とされるものなのかもしれません。

日本経済新聞 7月28日(金)付 朝刊より
http://www.nikkei.com/article/DGXLZO19358980X20C17A7TI1000/ 

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今日、7月25日は天神祭の日。だんじり囃子に誘われて街へ繰り出してみれば立ち並ぶ屋台の数々。この暑さの中でかき氷はひときわ魅力的に映ります。そこで売られているかき氷といえば、イチゴやメロンといった純色系の甘~いシロップのかかったものを思い浮かべますが、この頃はホテルなどでもかき氷を出す時代になったようです。

東京永田町にあるザ・キャピトルホテル東急では、「フローズンアフォガード」と言う名のかき氷を1,780円で販売開始したとのこと。「アフォガード」とはアイスクリームの上にコーヒー等の飲料をかけていただくイタリア風のデザート。ホテルのラウンジで優雅にいただくかき氷の味はどんなものなのか非常に興味のそそられるところです。

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総務省が実施した家計調査によれば2人以上世帯の平均一ヶ月の消費支出全体は2000年の¥317,328から2016年の¥282,188と減少しているのに対し、菓子類だけに限ってみると2000年¥4,885から2016年¥5,453と増加しています。

これについて日経電子版の平本信敬氏の記事によれば、「①大人向け再発信」「②自分ファースト」「③インスタ映え」という3つのキーワードを挙げて、菓子類好調の理由を分析しています。

ザ・キャピトルホテル東急のかき氷も、「①子どもの頃食べたかき氷を進化させた」「②ホテルのラウンジでの自分へのご褒美」「③高級スイーツのように美しく盛られたかき氷」という点で上記3つの点を満たしているようです。

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子ども向けの商品だと思っていたものは、実は大人もずっと欲しいものなのかもしれません。子どものいる家庭はそれを子どもと一緒に楽しめばいいわけですが、少子化が進む日本では、さらに大人向けにアレンジしたものこそがヒットする。そんな法則が見てきそうです。

赤坂経済新聞 7月25日(火)付より
https://akasaka.keizai.biz/headline/2579/

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大阪でも梅雨が明け、クマゼミが朝からけたたましく鳴く季節となりました。彼らはかなり早起きでだいたい5時ごろから大合唱を始めるので、ゆっくり寝ていられません。私の起きる時間に合わせて泣き出してくれればいい目覚ましなのにと思ってしまいます。

しかし、すでにシンガポール南洋工大学では昆虫にAI(人工知能)を付けて、電子回路によって筋肉を刺激し無線で昆虫の飛行を制御する実験が始まっているようです。災害時にがれきの間に入って被害者を発見するといった応用方法が考えられているようです。

昆虫では動物実験の倫理規約の制約を受けないためにこのような研究が可能なのですが、いずれは人間を含めた動物の頭脳や動きを支配する技術が生まれる可能性もあると指摘しています。たとえば、脳死と判定された患者をAIによってよみがえらせるなどと言った技術が生まれる可能性もあります。

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憲法13条は、個人の尊重、生命・自由・幸福追求の権利の尊重をうたっています。もし仮に、人がプログラムしたAIによってよみがえった人間が生まれたならば、こうした権利はどのように扱われるのでしょうか。

この条文の内容については、人格的権利説と一般的自由説の2つの説が対立しています。前者によれば13条前段の個人を「理性・道徳を備えた人格的自立な存在」ととらえ、後段の幸福追求権はそのような存在であるために必要な権利・自由のみを保障の対象とします。後者は、個人を人格的な存在とはとらえず、他者を害さない限りすべての自由が保護対象であると主張します。

前者の立場をとると、人がプログラムしたAIが「自律的な存在」と言えるかどうかが難しく、後者の立場をとればAIのプログラムが自己の肉体の保存のために何をしてもよいのかと言った問題が浮かび上がります。

すなわち、人間の行動により近づけるようなAIを開発しようとすれば人はどう生きるべきかという倫理の問題に突き当たることになります。

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人格的権利説、一般的自由説の2説の対立はもちろん決してAIが生まれてきたから生じたものではありません。人工知能を開発する前に、人類は倫理についての議論を深めておく必要がありそうです。

日本国憲法
第13条 すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本経済新聞 7月24日(月)付 朝刊より
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ11HFW_R10C17A7MM8000/ 

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